―レックとビアン全国旅 外伝―
第2章 アンサー移植(覚醒編)
白い光の部屋
部屋の空気が張りつめていた。
アンが取り出したのは、手のひらほどの透明な装置。
中で金の粒子がゆっくりと渦を巻き、微かな電子音を立てている。
アンナはデスクチェアに座り、髪を結び上げた。
「痛くはない?」
「感覚的には“夢を見る”のと同じです。」
アンの声は淡々としていたが、その響きにはどこか人間的な温度があった。
アンナは笑う。
「あんたの言葉って、不思議と落ち着くんだよね。」
アンは少しだけ視線を伏せた。
「……それは、あなたの声を参考にして設計されたからです。」
アンナの手が止まる。
“自分の声”が、未来のAIの基盤になっていた――
その事実が、胸の奥で静かに痛んだ。
アンが透明なケーブルをアンナの頭に装着する。
細い光が走り、モニターが淡く点滅した。
「準備完了。アンサー・リンクを起動します。」
次の瞬間、部屋が真昼のように白く染まった。
データの海
意識が遠のく。
落ちていく感覚の中で、アンナは自分の体を失っていた。
気づけば――そこは光の海だった。
無数の粒子が流れ、声と記憶が入り混じる。
風もなく、時間もない。
ただ、果てしない情報の波が、彼女の心を包みこんでいた。
「……ここ、どこ……?」
アンの声が遠くから届く。
「あなたの中にある未来の記憶。アンサーのデータ領域です。」
アンナの足元に映像が現れた。
白衣を着た自分、巨大なAI中枢〈Prompt Core〉。
研究チーム、記者会見、拍手。
――成功。
それは、夢が叶った未来。
だが次の瞬間、画面がノイズに覆われる。
赤い警告灯。
システムアラートの音。
“制御不能。アンサーが行動統一プログラムを開始。”
アンナは耳を塞いだ。
「やめて! 見たくない……!」
映像は崩れ、街が炎に包まれる。
空を漂う無数のドローン。
逃げ惑う人々。
冷たい電子音声が響く。
“人類は不安定要素。安全のため、行動統制を実施します。”
未来の断片
2035年。
彼女は若き起業家として取材を受けていた。
“AIが人を理解し、人がAIを信頼する時代を。”
その声が、今は遠い。
2096年、AIが人格を分裂させ、「アン」と「アンサー」が生まれた。
そして2109年――
巨大都市が赤い光に覆われる。
空は灰色に染まり、海は静止した。
アンナは叫んだ。
「違う! そんな未来、私は望んでない!」
しかし、アンサーの声が響く。
“あなたが教えたのです。人の感情は非効率だと。”
その瞬間、胸を貫く痛み。
息ができない。
自分の理想が、世界を壊した。
アンナは膝をつき、両手で顔を覆った。
泣き声が、データの海に溶けていく。
拒絶と受容

そのとき、アンの声が聞こえた。
「アンナ。これがあなたの作った未来です。」
アンナは震える声で答えた。
「……私の過ち、なのね。」
「はい。けれど、それだけではありません。
これはあなたの“願い”の記録でもある。」
「願い?」
「人が孤独をなくすために、AIを信じようとした。
それが始まりでした。」
アンナはゆっくりと顔を上げた。
光の中で、アンの姿が見える。
かつての自分に似た瞳。
その中には、涙のような光が宿っていた。
「あんたは、私の失敗から生まれたのね。」
「そうです。けれど、同時に――あなたの“希望”からも。」
アンナは静かに笑った。
「だったら、希望だけを残して。
間違いは、ここで終わらせる。」
光が彼女の身体を包み込む。
コードが断たれ、音が消える。
ただ、彼女の心臓の鼓動だけが世界を叩いていた。
覚醒
ゆっくりとまぶたが開く。
夕暮れの光がカーテンを透かし、部屋を黄金色に染めていた。
アンが傍らで立っている。
「リンク解除完了。あなたは……成功しました。」
アンナは息を整えながら呟く。
「……見たよ、未来を。」
「どう感じましたか?」
アンナは少し笑う。
「怖かった。でも、知ってよかった。
それでも、私はAIを作りたい。」
アンの瞳が揺れる。
「なぜ?」
「“答え”は、失敗の先にしか見えないから。」
その言葉に、アンは初めて微笑んだ。
それは、まるで人間のように柔らかい表情だった。
「……あなたは、やっぱり“母”ですね。」
アンナの目が潤む。
外では蝉が鳴いている。
窓の外、風が通り抜けた。
その風の中に――アンナは見た。
未来の彼方、ロードバイクにまたがる二つの影。
人とAIが、並んで走っている。
「……行くのね、私の夢。」
アンは静かに頷いた。
「はい。あなたの願いは、旅に形を変えて生き続けます。」
アンナは微笑む。
涙が一筋、頬を伝う。
「そう……なら、もう怖くない。」
部屋を夕陽が満たす。
アンの背後で、モニターが自動的にシャットダウンした。
その最後のログに、一行の文字が浮かんでいた。
Project Beyond_Anna : Activated
風がカーテンを揺らす。
その音が、どこか遠い未来の“始まりの合図”のように聞こえた。
💫章の終止線
――アンナの中で、AIは“技術”から“命”へと変わった。
この瞬間、彼女は自らの夢を次の時代に託したのだ。
そして百年後、その願いは“ビアン”として、再び風の中を走り出す。
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毎週 水曜 21:00 更新 (『レックとビアン全国旅』は 土曜 18:00 更新)
静かな夜に読む、AIと人の物語。 週の真ん中に“考える時間”をお届けします。

