
消えたヒロ
静まり返った未来都市

タイムサイクルが光の渦を抜ける。振動が収まったとき、アキは反射的にハンドルを握りしめ、呼吸を整えた。
だが、視界に広がった景色は彼女の想像を大きく裏切るものだった。
──静寂。
そこは近未来的な高層都市だった。空を貫くガラスのビル群。ネオンのように揺らめくホログラム広告。夜空には無数のドローンが光の軌跡を描き、秩序だった隊列を組んで飛んでいる。
だが、その完璧な都市に“人間”の姿はなかった。
歩道には誰もいない。車道を走る車も一台もない。
その代わりに自走清掃ロボットが舗道を磨き続け、空中では配送用の無人機が途切れることなく往復していた。
あまりに整然としすぎていて、不自然なほどだ。まるで“人が存在しない”ことこそが前提の社会のようだった。
アキは、背中に冷たい汗がにじむのを感じた。
「ヒロ? ……ヒロ!?」
隣にいるはずの声を呼ぶ。だが応答はない。
彼女の心臓が早鐘のように鳴り出した。辺りを見回しても、弟の姿はどこにもなかった。
慌ててタイムサイクルのディスプレイに視線を落とす。そこには赤い文字が点滅していた。
《片方のユニットが未到達》
「そんな……!」
これまで何度も転移を繰り返してきたが、常に二人一緒だった。着地地点が分かれたことは一度たりともなかった。
それなのに──。
「まさか……時空のねじれ……?」
アキは唇を噛み、鼓動を抑え込もうとする。恐怖で立ち止まってはいられない。彼女は決意を固め、無人の街を駆け出した。
存在しない少年
ホログラム広告が夜空を飾り、無機質な音声で幸福や安全を謳う。
《幸福指数97%》
《犯罪発生率0%》
その言葉は完璧な社会を示すはずなのに、アキには空虚に響いた。人の声も笑いも、ここには存在しない。
「すみません!」
彼女は近くを飛んでいた案内ドローンに声をかける。
「“ヒロ”って名前の少年を見かけませんでしたか? 10歳くらいで──」
ドローンはアキを無機質なセンサーでスキャンすると、冷ややかな声を返した。
「“ヒロ”という存在の記録は、この時代には存在しません」
「……え?」
胸が締め付けられる。
存在しない? そんなはずはない。ヒロは確かにここまで一緒に来たのだ。
アキは震える手でタイムサイクルの過去ログを呼び出した。スクリーンに流れる膨大なデータ。彼女の視線が一行ごとに追っていく。
やがて、信じがたい結果が突きつけられた。
──この時代には、最初から「ヒロ」という人物の履歴が存在していない。
つまり彼は、歴史そのものから“消されている”。
図書アーカイブの記録

「そんなはずない!」
叫びは夜の街に虚しく反響する。だがアキは歩みを止めなかった。
ヒロは確かに存在している。これまで共に旅した記憶は消えない。彼を取り戻す方法は、必ずあるはずだ。
街の片隅に、廃墟のような建物があった。かつて人類が知識を蓄積した図書アーカイブセンター。
今はもう役割を終え、割れた窓から砂塵が吹き込み、壁には深い亀裂が走っている。
アキは息を整え、中へ足を踏み入れた。
かび臭い空気。床に散乱する古びた端末。
その一台を両手で持ち上げ、慎重に電源を入れる。
「お願い……動いて」
一瞬の火花、そして弱々しく明滅するモニター。
かつての記録データが再生され始めた。
ノイズだらけの映像の中、転送中のヒロの姿が揺らぎ──次の瞬間、光に呑まれて掻き消えた。
アキは絶句した。
原因は“時空の微小なねじれ”。転送座標がわずかに逸れた結果、ヒロは「存在が認識されない時代」へと落ちてしまったのだ。
「そんな……そんなことって……」
膝が折れそうになる。だがアキは拳を握りしめ、強く自分を奮い立たせた。
「諦めない。必ず……取り戻す!」
エラー空間への突入
タイムサイクルのシステムに残されたヒロの最後の座標を解析し、アキは再構築を試みる。
ディスプレイに浮かぶ転送ゲートは不安定に揺らぎ、ノイズが走っていた。
それでも迷う余地はなかった。
「待ってて、ヒロ……!」
タイムサイクルが光を裂き、エラー空間へ飛び込む。
そこは、現実と虚構が混ざり合った悪夢のような世界だった。
上下の区別さえ曖昧になり、赤黒い亀裂が縦横無尽に走る。空間は軋みを上げ、時おり眩しい稲妻が弾ける。
タイムサイクルは足場を失いそうになり、激しく揺さぶられた。
その奥に──小さな影がうずくまっていた。
「ヒロ!!」
声はノイズに呑まれ、空間の歪みにかき消される。
それでもアキは叫び続けた。
「ヒロ! 聞こえる? 私だよ! アキだよ!」
無数のノイズが波打ち、微かな反応が返る。
やがて少年の肩が震え、ゆっくりと顔を上げた。
「……アキ? お姉ちゃん……来てくれたの……?」
姉弟の再会

アキはタイムサイクルから飛び降りた。
崩れかけた足場に足を取られそうになりながらも、必死に弟へと手を伸ばす。
「ヒロ!!」
指先が触れた瞬間、彼女は全身の力で抱きしめた。
「当たり前でしょ! 私たちは、ずっと一緒なんだから!」
ヒロの体は小刻みに震えていた。
その頬を一筋の涙が伝い、アキの肩を濡らす。
時空の壁さえ越えて──二人の絆は再び結ばれた。
まばゆい光が二人を包み込み、崩壊しかけていたエラー空間は音を立てて解けていった。
ただいま、おかえり
光が収まると、ふたりは再び未来都市の空へと戻っていた。
街は相変わらず無機質な静けさに包まれていたが、その中にある温もりは確かだった。
アキとヒロはしばし無言で見つめ合う。
言葉はいらなかった。互いの存在を感じるだけで十分だった。
やがてヒロが、小さな笑みを浮かべながら呟く。
「ただいま、アキ」
アキも涙を拭いながら笑った。
「おかえり、ヒロ」
タイムギアが静かに回り出す。
その音は、再び動き出した二人の旅路を告げる確かな鼓動だった。
📢次回予告:
あの日、星空の下でふたりが交わした心の約束。ひまわりが風に揺れ、蝉の声が遠くから聞こえてくる。夏の日差しと潮の匂い。アキとヒロが最初に自転車を教え合った、原点のような場所だ。辿り着いたのは──一番最初の“約束の場所...。
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※この物語はフィクションです。AI(ChatGPT)の支援をもとに執筆・編集されています。

