時間を超えない旅の始まり
ある日の午後、アキとヒロは、いつものようにサンセットを訪れていた。
店内には見慣れた工具やロードバイクが並んでいる。
これまでタイムサイクルで、江戸時代、明治時代、昭和、そしてはるかな未来まで旅をしてきた。
普通なら次はどんな時代へ行けるのか期待してしまう。
しかし、アキの頭には第10話で聞いたユウの言葉が残っていた。
「今のタイムサイクルには限界がある。」
「まだ行けない時代がある。」
「ねえユウ。前に言ってたよね。タイムサイクルでは行けない時代があるって。」
ユウは少し考えて答えた。
「そうだな。今のタイムサイクルでは到達できない場所がある。でも、可能性がゼロってわけじゃない。」
そう言うと、ユウはガレージの奥へ一瞬だけ視線を向ける。
そこには厚い布が掛けられた大きな機体が静かに置かれていた。
もちろん、アキもヒロも気づかない。
ユウは笑顔に戻った。
「今日は時間旅行じゃなくて、普通に走りに行かないか?」
「いいじゃん! 行こうよ!」
アキはすぐに乗り気になる。
一方、ヒロは顔をしかめた。
「えぇ……城ヶ島って結構遠いよ? 休みの日くらい、のんびりしたいんだけど。」
「今日は急がない。休憩しながらゆっくり走る。時間旅行じゃなくても、面白い景色はたくさんあるぞ。」
ヒロはため息をつく。
「……まあ、アキが行くって言ったら止めても無駄か。」
「もちろん!」
アキは笑いながらロードバイクへ向かった。
「はいはい。」
ヒロも少し不満そうに、そのあとを追った。
鎌倉から城ヶ島へ続くロングライド
目的地は城ヶ島。
2125年でも、美しい海岸線や自然は大切に残されている。
潮風を感じながら、3人は海沿いの道を走る。
タイムサイクルで時代を飛び越える旅とは違う。
ペダルを踏む力。
流れる景色。
肌を抜ける風。
すべてが自分たちの速度で進んでいく。
休憩スペースでひと息つくと、アキが笑った。
「時間旅行じゃないのに、なんかすごく楽しい!」
ヒロも海を眺める。
「……最初は遠いなって思ったけど。」
少し笑う。
「景色を見ながら走るのって悪くないね。」
ユウは微笑んだ。
「それを聞けただけで、今日は誘ったかいがあった。」
ヒロは照れ隠しに視線をそらす。
「別にユウのためじゃないし。」
アキは吹き出した。
「ヒロ、反抗期だ。」
「うるさい。」
3人は再びペダルを踏み、ゆっくり南へ進んでいった。
坂道の先に広がる青い海
長い坂道が現れると、アキは目を輝かせた。
「よーし! 一番乗り!」
勢いよく駆け上がっていく。
「アキ! 飛ばしすぎだ!」
ユウの声も届かない。
「だいじょーぶ!」
そのまま登り切ると、アキは両手を上げた。
「着いたー!」
少し遅れてヒロとユウも到着する。
ヒロは苦笑した。
「ほんと体力おばけだな……。」
ユウも笑う。
「元気だけは誰にも負けないな。」
「でしょ!」
再び走り出すと、城ヶ島大橋が見えてきた。
橋の上では潮風がいっそう強く吹き抜ける。
左右には青い海がどこまでも広がっていた。
「うわぁ……!」
橋を渡り切ると、水平線まで続く青い海が目の前に広がる。
江戸の町並み。
明治の街。
昭和の下町。
未来都市。
どれも忘れられない景色だった。
でも、今この瞬間の海も、同じくらい心に残る景色だった。
時間旅行だけが冒険じゃない
城ヶ島を楽しんだあと、3人は三崎で新鮮なマグロを味わった。
「おいしい!」
アキは満面の笑みを浮かべる。
ヒロも一口食べて頷いた。
「……うまい。」
アキがニヤリと笑う。
「なんだかんだ楽しんでるじゃん。」
「まあ……悪くなかった。」
ユウは笑う。
「その一言が聞ければ十分だ。」
ヒロは少し照れながら小さくつぶやく。
「……またこういうのなら行ってもいい。」
帰り道。
夕日に染まる海を眺めながら、アキが言った。
「ねえユウ。次はどんな時代に行けるのかな。」
ユウは夕日の向こうを見つめる。
「さあな。でも、どんな時代でも、走ることは変わらない。」
時間を超えることだけが冒険ではない。
自分の足で進んだ距離。
仲間と笑い合った時間。
そのすべてが旅になる。
その夜、サンセットのガレージ。
初代タイムサイクルの奥で、厚い布に覆われた謎の機体が一瞬だけ金色の光を放つ。
静かな電子音。
モニターに文字が浮かび上がる。
DESTINATION
LOCKED
ACCESS DENIED
SYSTEM READY…
ユウは小さく笑った。
「次の旅も、楽しみだな。」
新しい時間への扉は、静かに開こうとしていた。
