PR

タイムサイクル フリートラベル①

タイムサイクル

恐竜時代を駆け抜けろ!

風を追う姉と慎重な弟

「ねぇヒロ、たまには思いっきり“原始の世界”とか行ってみたくない?」

唐突に言い出したアキの目は、すでに冒険モードだった。
その横顔を見ながら、ヒロは思わず眉をひそめる。

「いや、それ絶対ヤバいやつでしょ。肉食恐竜とかいるんだよ!?」
「だから行くの! ロマンじゃん!」

アキは笑いながら、ためらいもなくタイムサイクルのコンソールを操作する。
ホログラムの光が彼女の頬を照らし、時空座標が次々と浮かび上がる。

《時空指定:白亜紀中期(約1億年前)》

ヒロが止める暇もなく、ディスプレイが閃光を放った。
瞬間、地面が消える。
風がうなり、空が裂け、時の壁が溶けていく。

──そして、ふたりは“太古の地球”へと落ちた。


太古の空気と巨影

息を吸った瞬間、肺の奥が驚くほど重かった。
湿った空気、濃い酸素、そして生命の匂い。

「……すごい、空気が生きてるみたい」
「感動してる場合じゃ……うわっ!」

辺りは原始の森。
見たこともないほど大きなシダ植物が空を覆い、
鳥とも獣ともつかない鳴き声が、遠くの谷から響く。

水面では巨大なトンボが羽音を立て、
地面には爪痕のような轍がいくつも刻まれていた。

ヒロの手が無意識にブレーキに触れる。
「……これ、本当に“人の時代”じゃないな」

その瞬間、大地が震えた。

ドォォォォォン――!

地鳴り。
森がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立つ。
アキが振り返ると、木々の間から“何か”がこちらを覗いていた。

巨大な頭蓋。
黒曜石のような瞳。
鋭い歯が陽光を反射して光る。

「ア、アキ……ティ、ティラノ……!」
「来たっ! 逃げるよっ!」


恐竜との死闘レース

タイムサイクルのモーターが唸りを上げる。
赤と青の光が瞬き、地面を蹴るように走り出す。

「うわっ、ホントに追ってきてるじゃん!!」
「ほら、もっと踏んで! 恐竜に負ける気!?」

後方では、ティラノサウルスが咆哮とともに突進してくる。
その一歩ごとに地面が波打ち、
シダの森が薙ぎ倒されていく。

ヒロの目に涙が浮かぶ。
「うるさいなぁっ! 言われなくても踏んでるよ!!」

彼の背中を、アキが笑いながら並走する。
「いいね、その顔! レースって感じ!」

しかし、前方には切り立った崖が迫っていた。
「アキっ! 崖っ、崖ぇぇぇぇ!!」
「ジャンプだっ!」

二人のタイムサイクルが宙を舞う。
重力バランサーが作動し、光の翼が展開。
空中で時間が一瞬止まる。

──その下で、ティラノが咆哮しながら爪を突き立て、崖が崩れ落ちる。

ヒロは息を詰め、アキは口角を上げた。
「ね、楽しくなってきたでしょ?」
「なるかぁーっ!! ……いや、ちょっとだけ……」


恐竜たちの楽園

命からがら逃げ延びた二人がたどり着いたのは、
広大な平原だった。

太陽の光が霧を抜け、
そこには群れを成すトリケラトプス。
翼竜が空を旋回し、遠くの火山が煙を吐いている。

「……すげぇ。図鑑の中の世界が本当にあるなんて」
「でも臭いもリアルだね……草食恐竜って意外とクサい!」

アキは鼻をつまみ、ヒロは笑う。
緊張がようやく解けた瞬間だった。

やがて、火山が低く唸る。
赤く染まる空に火の粉が散り、
地球がまだ“若くて暴れる子ども”だということを思い知らされる。

夕暮れ、湖畔でふたりは一息ついた。
ブラキオサウルスが首を伸ばし、
水面に映る夕陽をゆっくりと飲み込むように口をつける。

「怖かったけど……ちゃんと命が生きてるって感じがするね」
「うん。この時代も悪くないかも」


そして未来へ

タイムサイクルのディスプレイが、ふたりの手元で淡く光を放った。
それは、帰還を告げる“時の灯”。
まるでこの世界そのものが、「もう行きなさい」と背中を押してくれるようだった。

《滞在限界に到達。自動帰還を開始します》

ヒロは振り返り、遠くに見える湖と、のんびり首を振るブラキオサウルスを見つめた。
「……なんか、名残惜しいな」
「また来ればいいじゃん。今度は恐竜たちと仲良くサイクリングできるかも!」
「いや、やっぱり無理だと思う……!」

アキは笑い、軽くハンドルを叩いた。
「じゃあ恐竜たち、またねー!」
ヒロも苦笑しながら手を振る。
「次はもうちょい“食われない時代”にしような……!」

タイムサイクルの輪が光をまとい、空気がねじれる。
風景が白く溶け、森も空も音も、まるごと時間の中へ沈んでいった。

光がふたりを包み、
太古の地平が、ゆっくりと遠ざかっていく。


サンセットの黄昏

──気づけば、そこはいつもの現代。

自転車店〈SUNSET〉の前には、夕暮れの風が吹いていた。
空には茜と群青が混ざり合い、街のネオンがゆっくりと灯り始めている。
どこか遠くで聞こえる風鈴の音が、現実の空気を感じさせた。

アキとヒロはタイムサイクルを止め、同時にため息をついた。
ヘルメットを外した髪が、夕陽に照らされてきらめく。

「はぁー……やっぱ現代って平和だねぇ。車はいるけど恐竜はいないし」
アキが笑いながらストレッチをし、ヒロは空を見上げた。
「でも……あのスプリント感、悪くなかったな」
「でしょ! 太古のロードレース、私たちの完全優勝!」

アキが得意げに言い放ち、ヒロも吹き出すように笑った。

その声を聞きつけて、店の奥からユウが顔を出す。
手には工具を持ったまま、苦笑いを浮かべていた。

「……また勝手に時空いじったのか。今度は何を壊してきた?」
「ちょっとティラノと競争しただけ!」
「競争……? まぁ、生きて帰ってきたならよしとするか。」

ユウは小さく肩をすくめると、工具をくるりと回して整備ベイへ戻っていった。
その背中を見送りながら、アキがつぶやく。
「ねぇ、ユウさんもそのうち一緒に行こうよ。絶対楽しいから」
ヒロがすかさずツッコミを入れる。
「いや、それはやめとこ。店、なくなるから!」

三人の笑い声が夕空に溶けていく。

店のガラスには、赤と青の発光ラインが反射していた。
その光はゆっくりと重なり、橙色に変わる。
まるで〈SUNSET〉という名前の意味そのもののように――。

太陽が沈みきるころ、
アキとヒロのタイムサイクルが、再び小さく光を放った。

それはまるで、「次の旅がもう始まっている」と語るような合図だった。

未来と過去を結ぶその光は、
静かに、長く、夜の街へと伸びていった。


タイトルとURLをコピーしました