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タイムサイクル 第1話 はじまりのギア

サイクリングストーリー

100年後の未来。

海辺の都市はクリーンな高層ビル群がそびえ立ち、自動運転車が静かに行き交う洗練された世界だった。

しかし、その一角にあるサイクリングロードには、いつの時代も変わらない原始的な熱気が満ちていた。

「ヒロ、遅い! ギアあと2枚は上げられるでしょ!」

先頭を飛ばすのは、高校2年生のアキ(17歳)。

オレンジ色のサイクルジャージをなびかせ、168センチのしなやかな体躯で軽快にペダルを回す。

スポーツ万能で弾ける笑顔の持ち主だが、年の離れた弟を溺愛する行動派だ。

「待てって! 姉ちゃんが速すぎるんだよ!」

白いパーカーのフードをはためかせ、必死に追うのは中学2年生の弟・ヒロ(14歳)。

158センチの身体を丸め、最新ロードバイクにしがみつく。

絶賛反抗期中の彼は、ベタベタしてくるアキを「うっとうしい」とあしらいつつも、心の奥底では誰よりも姉を頼りにしていた。

やがて2人は、サイクリングの終点である古い自転車屋「サンセット」へと滑り込んだ。


「こんにちはー!」

アキが元気よく自動ドアを開けると、オイルの香りが漂う店内に、2代目店主のユウ(35歳)が姿を現した。

「おう、来たな。チェーン見てやるからそこに置いとけ」

寡黙だが面倒見のいい兄貴分のユウに、2人は愛車を預けて丸椅子に腰掛けた。

しかし、今日のユウは少し様子が違った。

無言のまま普段は立ち入らないバックヤードへと消え、やがて重々しい音を立てて「何か」を押しながら戻ってきた。

「……これだ」

ユウが並べたのは、見たこともない2台のロードバイクだった。

アキの前には鮮やかなブルー。

ヒロの前には深いグリーン。

そのフレームは光の角度によって青から紫、緑から金へと万華鏡のように変化し、まるで虹の輝きを金属の中に閉じ込めたかのようだった。

「このバイク、ただのロードじゃない」

ユウが静かに、しかし確かな熱を込めて言った。

「名前はタイムサイクル。――時空を越えて走る自転車だ」

店内が静まり返る。

「タイム……サイクル?」

呆然とするアキ。

ユウは真剣な眼差しで続けた。

「俺の親父が古い文献や隠された技術を調べて設計し、それを俺がお前たちの身体データに合わせて完璧に組み上げたんだ」

数秒の沈黙の後、アキの目がこれ以上ないほど輝きだした。

「なにそれ! 最高じゃん!」


「よし、行こう!」の精神が1秒で炸裂し、彼女は躊躇なくブルーのサドルへとまたがった。

その瞬間、フレームの中央が淡く発光し、空中へ透明なホログラムディスプレイが浮かび上がった。

【TIME COORDINATE】

画面には未来、現代、昭和、江戸、古代と、無数の「時代名」がスクロールできるように並んでいる。

「ちょっと待って、姉ちゃん!?」

ヒロが慌てて叫んだ。

「信じるなよ! 時空を超えるなんてSF映画の話だろ!? ユウさんもからかうのはやめてよ!」

しかし、アキの指先はすでに楽しそうに画面をなぞっていた。

「だって、試してみればわかるじゃん。ねえヒロ、どれがいい? 私はね……これがいいな!」

アキが目をつけたのは、どこかノスタルジックな響きを持つ文字列だった。

【昭和・下町】

「面白そう! 決定!」

「アキ、待てって! 説明とか、せめて安全確認をしてから――」

ヒロの必死の抗議も、アキのワクワクには追いつかない。

アキは満面の笑みを向け、シューズをペダルにカチリと噛み合わせた。

「大丈夫だって! 行こう、ヒロ!」

「えぇ……っ!? もう、絶対こうなると思った……!」

頭を抱えながらも、姉を一人で行かせるわけにはいかない。

ヒロは渋々グリーンの車体にまたがり、ペダルに足を乗せた。


「それじゃあユウさん、行ってきます!」

アキが思い切り最初のひと踏みを見舞った。

その瞬間、ディスプレイがまばゆく輝き、世界の色彩が反転した。

サンセットの壁や工具棚が陽炎のように揺らぎ、ほどけるように崩れていく。

潮の香りもオイルの匂いも遠ざかり、2人の身体は重力から解き放たれてふわりと浮いた。

残されたのは、ペダルを踏み込む確かな手応えと、前方から吹き付ける未知の風。

光が渦巻く超時空間のトンネルが、目の前にどこまでも真っ直ぐに伸びていく。

アキは弾けるように笑い、ヒロは顔をしかめて絶叫していた。

その先に待つ景色が、どれほど泥臭く、どれほど眩しい世界かも知らないまま。

ガチャン、と2人の最初のギアが切り替わる。

100年後の未来を飛び出した姉弟の、時空を駆けるノンストップの旅が、今まさに幕を開けた。



次回予告

初めての時空旅行を終えたアキとヒロ。

サンセットへ戻った二人を待っていたのは、一枚の古い紙芝居と謎のメモだった。

『明日の公演までに見つけてくれ』

その言葉の意味を追って向かった先は、活気あふれる昭和の下町。

ところが、子どもたちが楽しみにしていた紙芝居の「最後の一枚」が消えていた――。

消えた紙芝居の行方は?

そして、その裏に隠された少年の願いとは?

次回、

「昭和下町フルスロットル」

タイムサイクル、出発!

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