「約束の場所へ」

風が頬をなでる。
アキとヒロは並んでペダルをこいでいた。タイムサイクルが時空を超える旅を続ける中で、ふたりの心の距離は少しずつ変化していた。
かつては姉にまとわりついて離れなかった幼い弟。
思春期を迎え、反抗心ばかりを前に出すようになったヒロも、今では違う。照れ隠しの裏に、姉と過ごした日々の温もりを確かに抱えている。
だからだろう。
旅の途中、ふとした瞬間に彼が自分から口を開いたのは。
「……アキ、ひとつ思い出したことがあるんだ」
「なに?」
「俺、小さい頃に“将来、姉ちゃんと世界を旅する”って言った気がする。たぶん、七夕の日に」
アキは驚いた顔をして、すぐに笑みを浮かべた。
「覚えてたんだ、それ」
あの日、星空の下で交わした心の約束。
まだヒロが補助輪を外したばかりの頃だった。未来なんて想像もつかなくて、ただ「一緒にいられたらいいね」って、それだけで笑い合っていた。
「じゃあさ、最後の旅先は……“あの場所”にしようよ」
アキはタイムサイクルのディスプレイを開き、現在と同じ場所、ただし過去の夏を設定した。
転送の光に包まれ、ふたりは記憶の中へと戻っていく。
そこは、昔住んでいた町の、海沿いの坂道だった。
ひまわりが風に揺れ、蝉の声が響き、潮の匂いが夏の日差しに混じる。
アキとヒロが初めて自転車を教え合った、原点のような場所だ。
「……ここ、懐かしいな」
「うん。ヒロ、泣きながら坂を登ってたっけ」
「言わないでよ、あれは汗だって!」
ふたりは笑い、あの日と同じ道を、あの日とは違う速さで駆け抜ける。
幼い自分を追い越すように、成長した今の姿で。
坂の頂上で立ち止まると、海がきらめいて広がっていた。
遠く、防波堤の先に並ぶふたりの姿──過去の自分たち。
まだ未来なんて知らない小さな姉弟は、ただ空を見上げていた。
まさか数年後、本当に“旅”をしている自分たちに出会うなんて、想像すらしていない表情で。
ヒロは目を細めながらつぶやいた。
「なぁ、アキ」
「うん?」
「旅ってさ……戻る場所があるから、冒険になるんだな」
その声は風に溶けて、静かに海へ消えていった。
長い時間を越え、さまざまな時代をめぐり、ようやく辿り着いたのは──一番最初の約束の場所。
ふたりは無言のまま坂を下った。
タイムサイクルは、今までよりもずっと軽く、そして静かに動いていた。
ペダルの音、風の音、心の奥に残る“あの約束”が、彼らを導いていく。
道の途中、蝉の声が一段と強く響いた。
幼い頃はその音に圧倒されて泣きそうになったヒロも、今では静かに受け止められる。成長の証を、アキは横目で確かに感じていた。
「アキ姉、次が最後の旅かもしれないね」
「うん。でも……怖くない」
「なんで?」
「だって、どこへ行っても、ヒロと一緒だから」
アキの言葉に、ヒロは照れくさそうに笑った。
だが、その頬は赤く染まり、心の底では同じ気持ちを抱いていた。
笑い合うふたりの視線の先、時空の狭間が静かに開かれていく。
最後の旅路が、彼らを待っている。
やがて、タイムサイクルのギアが回り始めた。
その音はまるで、心臓の鼓動と重なるかのように。
風が未来へと背中を押す。
姉と弟の旅は、次の瞬間、さらなる時空の彼方へと漕ぎ出していった。
📢次回予告:
長く続いた時空の旅も、ついに終わりが近づいていた。アキとヒロは、最後の着地点に設定された「現在」へと帰還する。出会った人々、別れを告げた人々──そのすべてが彼らの旅路に彩りを与えた。そしてふたりの人生”という名の、もっと長くて、もっと現実的な旅が始まる・・・
最終話『ふたりで未来へ』をお楽しみに! 9/13(土)公開予定。
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※この物語はフィクションです。AI(ChatGPT)の支援をもとに執筆・編集されています。