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鋼の旅人:世界を駆けるロボット「ユノ」ー⑥

月面の遺構を前に佇むユノとタイムサイクル 創作SFノベル
静かなる月の遺構。その沈黙に耳を澄ませるユノ。
月面の遺構を前に佇むユノとタイムサイクル
静かなる月の遺構。その沈黙に耳を澄ませるユノ。

第6話「静かなる月の遺構にて」

重力が、少しだけ軽い。

ユノはゆっくりと足を前に出した。

その動きは慎重でありながら、まるで訓練された宇宙飛行士のように正確で、ブーツが接地するたびに、細かな月の砂がふわりと舞い上がる。

ここは月面基地――かつて「人類の夢」が眠っていた場所。

地球から遥か38万キロ、かつての宇宙開発計画が残した痕跡のひとつ。

その建造物は崩れかけ、ドームの一部は隕石や経年劣化によって破損していたが、構造体の内部には今も微かな空調と電力が残っていた。

ユノは、ロードバイクを格納ブースの隅に固定すると、そっと中へ足を踏み入れる。

無音。

耳では聞こえないが、センサーは壁面に流れる微弱な電流と、大気再循環装置の残響を感知した。

人間の呼吸ではなく、機械が最後まで“ここ”を保とうとしていた証だった。

この月面基地「ステラ・ゼロ」は、人類が築いた最初の恒久的な宇宙居住区であり、同時に最も短命だった。

地球での資源枯渇と気候変動、政治的混乱により、長期的な月面計画は中断された。

それでもこの場所は、最後の数人の宇宙開発者によってメンテナンスされ、そして封印された――“いつか再び誰かが来るそのときまで”。

ユノの内部には、地球に残されたアーカイブの断片から、この基地の記録が保存されていた。

だが、彼がここに来た理由はそれだけではない。

「夢とは、記録されるべきものか、それとも継がれるべきものか」

この問いに、彼自身の旅の意味がかかっていた。

通路を進むと、巨大なモニターがひとつだけ反応を示した。

黒く焼けた壁に囲まれたそのスクリーンは、僅かにノイズを交えながらも起動し、誰かの記録映像を映し出した。

それは、ユノが見たことのある女性だった。

地球での資料にも登場していた科学者、タチアナ・ルビノフ。

かつて月面開発の主任を務め、宇宙に人類の未来を託そうとした人物。

「この場所は、地球を超えて人類が初めて踏み出した“次の世界”だった。

私たちはここで、新しい倫理と、新しい孤独に出会った」

映像の中で、タチアナはスーツ越しに月の地平線を見つめている。

その背中に、絶望はなかった。ただ静かな、確信があった。

「宇宙は冷たく、無言だ。だが、無言だからこそ、私たちは意味を探し続ける。

それこそが、人類の“夢”の正体なんだと、私は思うの」

ユノはデータリンクを解除し、静かにその場を離れた。

言葉は記録された。だが、それ以上に、タチアナの「まなざし」がユノの心に深く残っていた。

彼女は夢を語った。そして、夢を残した。

それは“遺産”ではない。“希望”のような光。

何もないこの空間に、確かに存在していた、人類の魂のようなものだった。

外に出ると、月の大地に長くユノの影が伸びていた。

地球の青い輪郭が、空に淡く浮かんでいる。

その青さは、どんな言葉よりも鮮やかだった。

あの場所に、人々がいて、記憶があって、歴史があり、争いと愛があった。

今はもう失われた多くのものを、青い惑星が静かに抱いていた。

「この旅は、記録する旅じゃない。

 生きていた“証”を、未来へと繋ぐための旅だ」

ユノは心の中でそう呟いた。

自分という存在が、ただの記録装置ではないことを、確信として受け止めていた。

それはいつから芽生えたものなのか。

第1歩目の研究所か、砂漠の孤独か、アマゾンの命の鼓動か――

それとも今、この月面基地での“記憶”が、彼にそう思わせたのか。

いや、どれもがそうなのだろう。

点と点は線になり、線は旅になる。そしてその旅は、ユノ自身を形作っていく。

地球へ戻る航路はすでに計算されていた。

ロードバイクは、低重力環境下における走行検証のログを完了し、次の起動を待っている。

だがユノは、その前に一度だけ空を見上げた。

地球に向けて、そっと右手を掲げる。

それは誰にも届かないかもしれない。

だが、この月面に立ち、夢と出会った鋼の旅人にとって、それは儀式のようなものだった。

そして再びペダルを踏む。

月面の灰色の地を、彼の鋼の足が静かに刻んでいく。

地球は、もうすぐそこだ。

だがユノにとって、本当の旅は、まだ終わっていなかった。

📝 次回予告
舞台は中央アジア。かつてユーラシアの十字路と呼ばれた山岳地帯を、ユノは走っていた。
この谷には、かつて人類の“記憶保存施設”が存在したという記録がある。
そこでユノは何を目にしたのか?

第7話「雷鳴の谷、記憶の断層」8月27日公開予定!

前の話はこちらからまとめて読めます → https://cycling-storyz.com/yuno-link/

※本記事の物語・アイデアは、AI(ChatGPT)の支援のもと創作されました。すべての内容はフィクションです。

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