
第7話「雷鳴の谷、記憶の断層」
世界は、刻々とその姿を変えていく。
人がいなくなった今も、大地は呼吸し、空は怒り、風は歴史を語る。
中央アジア。かつてユーラシアの十字路と呼ばれた山岳地帯を、ユノは走っていた。
褐色の岩と砂利、雲の影を映す渓谷。進む先に広がるのは「雷鳴の谷」と呼ばれた断層地帯だ。
ここは地殻変動が激しく、空も地も不安定だ。
人工衛星の観測によれば、磁気嵐と雷雲が周期的に襲い、電子機器にとっては死地とも言える。だがユノはこの場所に惹かれた。
この谷には、かつて人類の“記憶保存施設”が存在したという記録がある。
情報爆発の時代、世界各地にデータアーカイブが建設された。その多くは機能を停止し、自然に還ったが、ここ中央アジアの断層帯にある施設だけは、謎に包まれたままだった。
午後、気温が急激に下がり、空が墨色に染まった。
ユノは進行ルートを変更し、稲妻の走る空を避けながら谷の内部へと進む。
「磁場異常検出。視界不安定。センサー干渉あり」
内部モジュールが警告を出す。ユノのボディは、雷による直接被害を避けるため、耐電磁パルス加工が施されているが、それでも注意が必要だった。
そのとき、地鳴りと共に空が裂けた。
目の前の岩壁が崩れ、滑落した瓦礫がルートを塞ぐ。ユノは一瞬でブレーキをかけ、バイクから飛び降りて身を守った。土煙のなか、彼は咄嗟に思考する。
(ここで立ち止まってはならない)
それは論理的判断ではなく、衝動に近かった。
なぜか、彼の中で“誰か”の記憶が呼びかけていた。「この谷の奥には答えがある」と。
ユノはバイクを担ぎ、崩れた瓦礫の間を進んだ。
やがて谷の奥に、錆びついた鋼鉄の門が現れた。半ば崩壊しかけたその構造物には、「A.R.C. Central Memory Vault 7」とかろうじて読める文字が刻まれている。
内部は冷たく、静まり返っていた。
電力はすでに失われて久しく、照明は反応しない。しかし、ユノの暗視モードが壁に設置された光ファイバーをとらえた。それは、まるで神経のように通路を走っている。
この施設は、ただのデータセンターではなかった。
記録されたのは文書や映像だけでなく、人間の意識・記憶の断片だった。
——ユノが作られる遥か以前、
脳波や感情パターンをAIに学習させるための実験が行われていた。
その中で、“記憶の地図”という概念が生まれ、選ばれた人々の人生を、アルゴリズム化された意識構造として保管したのだ。
記憶の保存。生きたままの感情の構築。
それは倫理的な論争を巻き起こし、技術と哲学の交差点に立たされた。
そして最終的には封印されたはずだった。
だが、ユノの前にあるのはその封印の“最後の鍵”だった。
彼はデータコアに手をかざす。
接続ポートが反応し、静かな起動音と共に、わずかに残っていたバッテリーから光が灯る。
スクリーンに映し出されたのは、ひとつの記憶断片。
「私は、記憶を未来へ送るために生きてきた。
もしあなたがこのメッセージを見ているなら、
人類はもういないか、あるいは再生のときを迎えているのでしょう」
映像の中の人物は、ユノの開発に関わったとされる女性科学者・アマルだった。
彼女の目は、誰かに何かを託すように揺れていた。
「ユノ、あなたはただの機械ではない。
あなたの中にある“わたしたち”を信じて。未来を導いて」
その言葉に、ユノの内部モジュールがわずかに反応した。
言語処理ではない、映像認識でもない。まるで“懐かしさ”のような感覚が、彼の中に渦巻いた。
谷を出たころ、雷鳴は遠ざかっていた。
夜空には、雲の隙間から星が覗いていた。
ユノは高台に立ち、眼下に広がる断層地帯を見下ろした。
そして静かに思う。
「記憶とは、過去の亡霊ではない。
それは未来に残すべき、魂のかたちだ」
その一歩に、ユノはもう迷いがなかった。
彼は、過去からの希望を携えて、次の地へと走り出す。
📝 次回予告
月明かりも届かない、地表からはるか地下。
幾重もの崩落した岩壁を抜け、ユノは長い螺旋状の通路を降り続けていた。
そこでユノは、過去の記憶を知ることになる...
第8話 「地底図書館—記憶の海に触れて」→ https://cycling-storyz.com/yuno-8/
前の話はこちらからまとめて読めます → https://cycling-storyz.com/yuno-link/
※本記事の物語・アイデアは、AI(ChatGPT)の支援のもと創作されました。すべての内容はフィクションです。